60代主婦が経験した納骨の流れと段取り|四十九日と別日に分けた理由・お墓じまいの準備も

※アフィリエイト広告を利用しています

4月5日、満開の桜の中、父の納骨を無事に終えることができました。

1月1日に他界した父。年明け早々の出来事でしたが、少しずつ準備を進め、ようやくお骨をお墓に収めることができました。今日は、四十九と納骨を別日にした理由や、当日の流れ・必要なもの、そして今後の高野山への納骨とお墓じまいの計画についてお話しします。

同じような状況の方の参考になれば嬉しいです。


目次

なぜ四十九日と納骨を別々にしたのか

一般的には、四十九日法要に合わせて納骨まで一緒に行うことが多いですよね。私もそうしたかったのですが、兄が脳出血の後遺症で高次脳機能障害・てんかん・精神疾患を患っており、現在介護施設に入所しています。長時間の外出が難しいため、2月に自宅近くのお寺で49日法要を済ませ、納骨は春に改めて行うことにしました。

「形式よりも、無理なく、みんなが参加できる形で」という気持ちを大切にしました。


お墓の場所と移転の経緯

私の先祖代々のお墓は、もともと私が生まれた実家(和歌山県内の高野山の麓)の近くにありました。ところが両親が台風の被災をきっかけに兄の家に同居することになり、それに伴いお墓も兄の家の近く(同じ和歌山県内で実家からは車で三十分ほどの距離)に移転しました。

私の自宅からお墓は高速を使っても車で約1時間半。決して近くはありません。夫の休みに車を出してもらい、夫・私・兄の3人で向かいました。

兄が住んでいたエリアには、いとこといとこの子どもたちが住んでいたので、一緒に参列してもらうことができ、小さいながらもあたたかい納骨になりました。


当日に必要だったもの

事前にお寺のご住職に連絡を取り、時間と準備物を確認しました。

持参したもの:

  • 父の遺骨(大きい方)
  • 線香・ろうそく
  • お墓のお花
  • お供え物(くだもの・お菓子・父が好きだったお酒)
  • お布施
  • 埋葬許可証(※檀家の場合は特に必要ないとのことでしたが、念のため持参)

四十九日は既に済んでいたため、服装については特にこだわりませんでした。地味めの普段着で参列しました。


真言宗の習慣——高野山への分骨

私の実家は高野山の麓にほど近く、この地域は真言宗の方が多い土地柄です。

真言宗には、遺骨の大きい方をお墓に、小さい方(喉仏)を高野山に納めるという習慣があります。以前、母のときにも同じようにしました。今回も父の分を高野山に納めるつもりです。

高野山への納骨のお布施は「お気持ちで」というわけにはいかず、費用が発生します。こちらは後日、私が一人で電車とケーブルカーを使って出向く予定です。5月の暖かい日に行こうと思っています。

兄の体調のこと、夫の仕事が忙しいこと、そしてできるだけ周りに負担をかけたくないという気持ちから、一人で行くことにしました。


お墓じまいを考えるようになった理由

兄は「どうせお墓じまいをするなら、父の納骨の前に、永代供養にしてしまえばいい」と言っていました。確かに現実的な考え方です。

でも、私には一つの気持ちがありました。

父が貧しい中、自分で建てたお墓です。 せめて半年でも、ちゃんとそこに収めてあげたかった。感情的なことかもしれないけれど、それが私の希望でした。

ですからまず和歌山のお墓に納骨し、今年の秋ごろにお墓じまいをしようと段取りを進めています。

私たち夫婦も65歳を過ぎ、体のこともあります。車で1時間半の距離にいつまでも通えるとは限りません。今後を現実的に考えて、行動できるうちに動いておくことが大切だと感じています。


今後のスケジュール

時期内容
5月ごろ高野山へ一人で納骨
8月初盆
9月お彼岸
10月ごろお墓じまいの段取り

終わりに——気持ちを大切にした供養を

費用・時間・周囲の状況・体力……終活に関わることは、考えることが本当にたくさんあります。

正解はひとつではないし、悩むことも多い。でも最終的には、自分と家族の気持ちを大切にした形で供養できればそれでいい、と今は思っています。

満開の桜の下で、静かにお骨を収めました。父もきっと喜んでくれていると思います。

最後までお読み頂き、ありがとうございます。

大切な方とのお別れは【家族葬のこれから】

関連記事もぜひご覧ください:

この記事を書いた人

目次